葛藤
娘:(進路調査票をペンで突きながら)……ねえ、これ書く意味あるかな。
母: どうしたの、進んでないじゃない。
娘: 結局、私一人がどこに行こうが、世界には何の関係もないじゃん。
母: まあ、世界規模で言えばね。地球から見たら私たちはただの「点」だし。
娘: そう。ちっぽけな塵みたいなもん。なのに……学校で誰かに何か言われると、マジでムカつくんだよね。
母: あはは、わかる。一気に「世界で一番重大な事件」になっちゃうのよね。
娘: そうなの!「私の尊厳が汚された!」みたいな。さっきまでの「自分は塵だ」って謙虚さはどこ行った、みたいな(笑)。
母: それ、あなたの「エゴ」が頑張ってる証拠だよ。必死に自分を守ろうとしてるの。
娘: でも、そのせいで一日中イライラして疲れるんだよね。最悪。
母: もったいないよね。人生って意外と短いのに。
娘: 短い? まだ先、長いじゃん。
母: うーん、でも「少しずつ変化してる」ってことは、ゴールに向かってカウントダウンしてるようなものだから。
娘: ……急に怖いこと言わないでよ。
母: だからこそ、小さなプライドを守るためだけに時間を使うのは、損だと思わない?
娘: まあ、損だけどさ……。どうすればいいの?
母: 流れに任せちゃうのよ。意地を張るより、全体の調和を選ぶ方が、実は強かったりするし。
娘: 難しいよ、そんなの。
母: だからお母さん、朝早く起きて準備してるでしょ?
娘: 納豆とキムチ食べてるやつ?
母: そう(笑)。あれは、流されないように自分を整える儀式。
娘: 儀式って……。でも、お母さんは明日もイライラしないでいられるわけ?
母: まさか! 明日もきっとイライラの八つ当たりよ。
娘: なんだ、それ。
母: でも、そのたびに「あ、今エゴが出てるな」って気づければいいの。その繰り返しが、自分を少しずつ成長してくれるんだと思うよ。
音声で聞きたい方は以下をクリック
https://stand.fm/episodes/6987c8683c2e8194d26a3615
私たちは「時間係数」という宿命の中に生きています。
生まれた瞬間、抗うことのできない不可逆な流れの中へと投げ込まれた存在です。
「毎日、少しずつ変化している」という実感。
それは成長の証であると同時に、死へと向かう静かなカウントダウン——つまり、生の「儚さ」そのものでもあります。
人間とは、一体何でしょうか。
それは、果てしない座標の中に浮かぶ「一点」のようなものかもしれません。
縦の糸は、歴史、先人たちの祈り、そして連綿と受け継がれるDNAの螺旋。
横の糸は、今この瞬間を共にする世界、空間、そして他者との繋がり。
この壮大な織物の一部として自分を俯瞰したとき、そこには本来、「個の執着」が入り込む余地などないはずです。宇宙の大きなうねりの中で、ただその一部として機能していれば、それで完結しているはずなのです。
では、なぜ。
日々の些細な言葉が、これほどまでに心に突き刺さるのでしょうか。
頭では理解しています。「自分など、広大な宇宙の塵に過ぎない」と。
それなのに、日常という戦場に戻れば、誰かの何気ない一言が離れず、「尊厳を汚された」という怒りが熱を帯びる。
これこそが、自我(エゴ)の仕業です。
宇宙規模で見れば瞬きにも満たない出来事を、自我が「人生を揺るがす重大事件」として騒ぎ立てているのです。
この煩悩を完全に消し去ることは容易ではありません。しかし、「視座」を変えることはできます。
葛藤が芽生えたとき、私はこう考えます。
「ああ、今、宇宙の意志とエゴが戦っているな」と。
そして、宇宙の意志が勝つ選択肢を選び取りたい。
それは目先のプライドを死守することではなく、全体の調和を見つめ、大きな流れに身を委ねるという「強さ」です。
命はあまりに短い。
だからこそ、小さなエゴを守るためだけに時間を使うのは、あまりに惜しい。
「どうせ消えゆく命なら、大いなる流れを感じて生きたい」
その覚悟こそが、私を突き動かします。
日々の淡々とした営み——。
早起き、食事を整え、内省する。
これらは、宇宙の意志との共鳴精度を高めるための、私にとっての「儀式」です。
葛藤を覚えるたび、私たちはエゴの殻を破り、少しずつ宇宙の視点へと近づいていきます。
悩みも、苦しみも、すべては私たちがより高い次元で生きるためのプロセス(過程)なのです。
明日もきっと、私は煩悩に振り回されることでしょう。
けれど、そのたびに立ち止まり、宇宙の拍動を感じられるように。
内省を通じて、今日よりも少しだけ、体と心を整えておきたいと思うのです。
