年齢を重ねること

M
今回のテーマは、『年齢を重ねる』について対話していきます。私は年齢を重ねるに従って自由になっていると感じますが、子育て真っ最中のFさんにとってはどのように感じていらっしゃいますか?

F
私は生きるのが楽になっていくという気持ちです。自分自身のことや、他者との関わり方の傾向みたいなものが年齢を重ねるとわかってきますよね。行き詰まるときもだいたい同じパターンですので、『また来たな』と冷静にいられるようになってきますね。年齢を重ねることのマイナスって現時点ではあまり感じられないのですがいかがですか?

M
エネルギーと身体面ではマイナスを感じることがあります。Fさんはやりたいことを毎年書いていると言うことを聞いたことがありますが、タイムバケットと言う手法をご存知でしょうか?やりたいことを年齢に合わせて年代のバケツに入れていくと言う手法になっています。最近私はこの手法を知ったので、もっと早く知っておけばよかったなと思います。私も人生で経験したいことをメモすることがあります。それを見返してみるとエネルギーのマイナスに気づくことがあります。具体的には私はドライブが好きなので、九州でレンタカーを借りて温泉巡りしたいと思っていたのですが、今は長時間の運転が苦痛になってきているので躊躇しています。身体面では、前もお話ししていることですが頭の冴えている時間は明らかに減ってきているので、自分の調子を確認しここぞと言う時間を設定して、そこに最も時間を割く価値のあるものを持ってくるようにしています。Fさんはマイナスを感じることはありませんか?

F
タイムバケットは初めて聞きました、やってみたいです。年代や期間に区切っていくということで中長期的な視点がもてそうですね。確かに、身体面や集中力を量的な時間の観点からみるとマイナスを感じることはあります。無理がきかなくなってきたとか、回復に時間がかかるとかですね。ただ、自分の限界を認められる安心感というか、それが私の場合若い時の課題でしたので、調整してコンディションを整えるということを経験できているように思います。時間設定についても考えてみたいです。
最近感じていることとして、歳を重ねるというのは、本来の自分に戻っていくプロセスなのかなと思っています。心身や脳が衰え大切なもの、人、ある種の勢いを失う、失っていく過程で残るものが自分の中核なのではないかと。
私の場合は家庭に入ることでしたが、長く生きていれば病気でも介護でも失業でも想定を超えた制限が生まれますよね。この制限が私にとって、本当に意味のあるものでした。価値観を見直す機会になり、時間的物理的制限が大きい分、優先順位と目的を決めて生きるようになったと思います。

Mさんは年々自由になっていくということで、社会から求められる役割をしっかりと果たしながら心が自由というように見えるのですが、どのように考えてきていらっしゃるのですか?

M
家庭での役割と、社会での役割の配分比率がどんどん社会のほうに傾いてきています。そうなると、自分の仕事に価値があると感じていれば自由になるのではないかと思います。このブログに関しても価値があると思っているのでとても楽しく表現できています。
Fさんは様々な壁を乗り越えた結果として自由を感じるようになっているようですが、逆に一番辛い時はどのように乗り越えたのでしょうか。今まさに壁に阻まれ苦しんでいる読者のヒントになるようなことはありますか。年齢を重ねると解消される訳でないと思うので、体験や経験として壁がきた時の心構えや壁を力に変える方法などあればを教えてください。


ご家庭での役割を全うされたからこそのご発言なのでしょうね。ここでいう仕事というのは、以前書かれていた、労働に限らず“社会貢献や自己成長、家族や周りの支えといった側面も含まれる意味”ですよね。
私のレジリエンス(ストレスから回復する力)の中核は、自分の気持ちに素直でいることだと思います。一番辛い時として思い出されるのは、臨床心理士を目指す時の訓練期間です。体力も能力も限界を超えた生活で、経済的な保障もない。日々の授業では自分の嫌なところや癖がありありと見える。“足りないことを認める”という毎日でした。それでも指導の中で、どのような気持ちも否定されない体験から自分の負の感情にも少し開かれていったことが軸になっています。
具体的にあげますと、怒りの感情について練習していた時期に「家でパンチングドールみたいなものを思いっきり叩いてみて」と助言を受けたことがあります。深い悲しみの感情は「我慢して変な関りになってしまうくらいなら泣いていい」とご指導いただきました。
今こういうお仕事をしていて、素の自分で泣いたり怒ったりできる“場”がない、というような声を聴くんですね。家庭でも学校や会社でもそうでしたら、心の居場所がないし無理がきて当然ですよねって思います。ちょっと立ち止まって、役割も評価もすべてをいったん外して、自分の素直な気持ちを見つめてみるのはいかがでしょうか。
M
我慢が美徳だという価値観があると、それが素の自分を表現できず負のループに入ることはありそうですよね。自分の負の側面を見つめて受け入れることについて、私はいまだにできていないかもしれません。自分の素直な気持ちを見つめることに近い場面として、何か嫌なことがあったりしてスッキリしないことについては、私はA4用紙に書くようにしています。そうすることで客観的に自分を眺めることができるように感じています。他にも何か手法やポイントはありますか?
F
書き出すというのはよく提案される手法の一つです。書いたものを眺めたりあとからふりかえったりすることで客観視できますよね。気持ちを書く場合のポイントは、“頭に思い浮かんだことをそのまま書き出す”ことです。考え込んだり整えたりしようとしないこと。正解不正解はないですし、誰が見るわけでもありませんので。少し形式化するなら“出来事-それに対しての感情-頭に浮かんだ考え”という分類で書き出すような手法もありますね。
しんどいときって新しいことは負担になりがちです。なので、数字が強い方は気持ちを数値化して一言とか、図形が好みの方は日付の上から折れ線グラフ、言葉以外の表現がよい方は絵や表情マークや色塗り、スマホでも紙でもよいと思います。生活の中に無理なく組み込めるやり方がいいという考えです。ぽっと浮かんできたことを“こんな自分もいたんだな”とか、“意外とこんな気持ちもあるんだ(びっくり!)”とか探索するようにみていけたらいいのではないでしょうか。
M
今回のダイアローグは、今まさに年齢を重ねることで訪れる壁に直面している方のヒントになったと思います。悩んでいる方は、自分の素直な気持ちを見つめる時間をとって、自分を探索して見てくださいね。本日もありがとうございました。