個性

M
今回のテーマは、『個性』について対話していきます。
Fさんにとって個性とは何ですか?また、個性をどのように感じとるかなど自由にお話しいただきたいです。

F
個性はその人固有の特徴といえるかと思います。体や声の特徴、ファッションなど見た目に関する個性もあれば、価値観や性格など人格に関する個性もありますね。そして、気質というのですが、体質からくる生まれつきの傾向というものがあって、個人的にはこれをかなり重視しています。
例えば、同じ時期に生まれたばかりの赤ちゃんが大勢並んでいても、姿形だけではなくて泣き方や手足の動き方、眠りの深さなど見事にそれぞれちがいます。刺激に敏感な子はよく泣きますが感受性が豊かですし、よく飲みよく眠る子は機嫌がよく自己調整が上手です。よく動く子は活発で、エネルギーが高いです。
気質の個性を理解しておく、というのは環境や選択をするときに大切なのではないかなという考えがあります。
Mさんは自分がどんな赤ちゃんだったか聞いたことはありますか?

M
自分が赤ちゃんだった頃の話は、母親から何度か聞かされたことがあります。私には兄がいるんですけれども、兄がずいぶん刺激に敏感で手がかかったようなので、それに比べて私はよく寝てくれたので手がかからなかったと話していました。ただ比較的体は弱かったようで、発育は心配したとも聞かされたことがあります。確かにここに個性の種がありそうですね。
個性という言葉には、内面的なこと、能力、社会性、エネルギーなど様々な要素が組み合わさっていますよね。Fさんが重視している気質の個性は内面的な一部にあたりそうです。気質は環境や年齢によって変化していく場合もあるかと思いますが、自分を振り返ると確かに本質はあまり変化していないようにも感じます。気質の個性について、Fさん自身は環境や年齢によって変化はありましたか?また、気質が与える個性への影響についても教えて欲しいです。

F
複数の子どもを育てた経験のある方は体感的に理解できていることだと思います。同じ環境で育っても、個性の現れ方は多種多様です。私自身も子育てや仕事を通して思うのですが、同じストレスを経験しても、難なく適応していけるタイプの子もいれば、そうではない子もいます。なので、気質を理解してそれに合った環境や関りを考えていくことは大切だと感じています。
私はわりと大人しくて言葉がとても早かったと聞いています。コミュニケーションに積極的になったのは、後からスキルで獲得したものだろうと思います。体質的には弱いところがあって、毎年経過観察していたのですがこれは年齢と共にだんだん強みにもなりました。こども時代から体質をよく知っていたので気をつける具体的なポイントがわかっていて、人生の選択の際に参考にできたということがあります。
調子がよいときはいろいろな経験を広げて一気に成長していけますが、環境が個性に合っていないときや年齢によるホルモンバランスの影響など心身が揺らぐようなときは、気質がはっきりするという実感があります。これからは個性の時代で、人とはちがう自分らしさをつくっていくような風潮もあるかと思いますが、生まれながらの気質に立ち戻るとヒントがあるかもしれません。


M
Fさんの外側に何かを付け足すのではなく、内側にある「種」を再確認しようという、とても優しい提案に聞こえます。
個性って難しいですよね。考えるとよくわからなくなります。人は社会の中で生きているから、相手に合わせて自分を使い分けるのは当たり前ですよね。でも、その「演じている自分」と「元々の自分」がズレてくると、モヤモヤとした違和感が出てくる。 困るのは、演じている時は必死すぎて、それが自分だと思い込んじゃうこと。だからこそ、ちょっと立ち止まって「自分への理解」を深める内省の時間が必要なんだと思います。 とはいえ、自分のことを言葉にするのってこれがまた難しいですよね。私もまだ手探りですが、日記やジャーナリングで少しずつ整理していくことが、毎日をより鮮やかに生きるヒントになる気がしています。気質という視点は無かったので、新しい視点として取り入れてみたいです。

F
社会の中で生きていく上では、時と場合によって自分を使い分けることも大切な力ですよね。年齢を重ねると、社会的役割における自分が占める割合も相応のものになっていると思います。Mさんがされているように、立ち止まって内省し整理する自分なりの手立てがあるということは大切だと感じます。こどもの頃から変わらない傾向や、“好き―嫌い”に基づくような自分の中核を起点とする個性だけではなく、これまでの経験や他者との関係性を通して創り上げた個性もあるかと思います。どの角度から光を当てるかの違いのようなもので、ゆるやかに繋がりまとまりある感覚があれば心配ありません。
生涯発達の視点でも、ズレやモヤモヤした違和感を流さずに自分と向き合い模索する時間というのは、人生の次のステージに進むために意味あるものと考えられています。


M
『どの角度から光を当てるかの違い』という表現が素敵ですね。 確かに、自分の中にある変わらない種(気質)と、社会や他者との関わりの中で積み上げてきた形(個性)は、どちらも偽りのない自分です。
ほとんどの人が、その時々の『演じている自分』に没入してしまい、本来の気質とのズレに戸惑うこともあるかもしれません。しかし、このモヤモヤとした違和感こそが、次のステージへ向かうために大切だと思えると、内省の時間もより愛おしいものになりますね。
教えていただいたように、自分の多面性を『ゆるやかに繋がった一つのまとまり』として面白がれるよう、これからもジャーナリングなどを通じて、自分に当てる光の角度を少しずつ変えながら探索していきたいと思います。こう考えると人は永遠の一部かもしれませんね。死ぬまで変化し続けるわけですから、それら全てがゆるやかに繋がった一つのまとまりのように人生を彩る。個性としての気質がテーマの出発点だったかと思いますが、最終的には気質と個性の関連性と人生全体について深く考えることができたように感じます。

F
関わる相手や状況によって、いろいろな自分の個性がでてくるということがありますよね。探索しながら面白がるという視点も、考え方としての一つの個性のように思います。そして、立ち止まってふりかえったときに、まったく変わらないと思えるところがまとまりを繋げているものかもしれないですよね。生まれながらの気質にも個性がある、ということをお話しましたが、ジャーナリングであれば同じ言葉やテーマなど一貫性のある部分がそれに近いのかもしれません。
お読みいただいているみなさんも、よかったら自分の個性について面白がりながら考えてみてください。