暗黙知
私たちは「知っていること」のすべてを語れない
マネージャー(M): 最近、チームの調子どう? 何か困ってることない?
メンバー(S): うーん……。ちょっと言いにくいんですけど、Aさんの仕事の進め方、なんかいつもモヤモヤするんですよね。
M: モヤモヤ、ね。何かあった?
S: 何かっていうか……とにかくペースが合わないんです。一緒にやっててイライラしちゃうことが多くて。私、心が狭いのかなって自己嫌悪ですよ。
M: いやいや、Sさん心が狭いなんてことないよ。Sさんがイライラするのは、Sさんの中に「仕事ってこう進めるほうがスムーズだよね」っていう、大事な基準があるからじゃないかな。
S: 基準、ですか?
M: そうそう。その「モヤモヤ」、もう少し一緒に考えてみようよ。Aさんの行動の、特に「どの瞬間」に一番引っかかってると思う?
S: ……そうですね。あ、頼んだ資料を渡してくるタイミングかもしれません。いつも締め切りのギリギリなんです。
M: なるほど。「タイミング」が気になってるんだね。Sさんだったら、どのタイミングで渡すのがベストだと思う?
S: 完璧な状態じゃなくていいから、せめて3日前には「こんな感じで進めてますけど、どうですか?」って一回見せますね。そうすれば、もし方向性がズレててもすぐ直せるじゃないですか。最後に出されて「全然違う!」ってなったら、お互いしんどいし。
M: おお、それだよ! 今、愚痴が「仕事のコツ」に変わったね。
「完成度よりも、まずは途中で見せ合って大きな失敗を防ぐ」っていうのは、Sさんがこれまでの経験で自然と身につけた、すごく大事な知恵だよ。
S: ……あ、そうか。私がイライラしてたのは、Aさんの性格が嫌いなんじゃなくて、「絶対こうやったほうがうまくいくのに!」っていう私の感覚とズレてたからなんですね。
M: そうだと思うよ。Aさんは真面目だから「完璧に仕上げてから出すのが相手への思いやりだ」って思ってるのかもしれないね。どっちが悪いって話じゃない。
でも、今のSさんの「途中で一回見せ合う」っていうコツ、うちのチームの新しいルールにしてみない? 絶対みんなの仕事も楽になると思う。
S: はい、なんかスッキリしました。次からは「イライラする」じゃなくて、「念のため、3日前に一回途中経過を見せ合おう」って具体的に提案してみます!
Sさんのように、優秀で真面目なメンバーほど、他者の仕事ぶりに対して「イライラ」や「モヤモヤ」を感じることがあります。マネージャーはこれを「単なる愚痴」や「人間関係のトラブル」として処理してしまいがちです。
しかし、この愚痴の正体は「暗黙知(言語化されていない独自の知識や感覚)」の衝突に他なりません。
Sさんの中には、過去の経験から培われた「早期に共有してリスクを減らす」という高度な暗黙知がありました。しかし、それはまだ言葉になっていないため、Aさんの異なる行動様式(完成度を優先するという別の暗黙知)とぶつかった際、「あいつとは合わない」「ムカつく」といった解像度の低い言葉(愚痴)として出力されてしまったのです。
もしメンバーから愚痴が出たら、マネージャーは以下のステップで「表出化(暗黙知を言葉にすること)」を促せるとチーム力が高まります。
1. 感情の発生源を特定する(「なぜ」ではなく「どこ」)
「なぜ嫌なの?」と理由を問うと、相手は論理的な正当化(言い訳)を探してしまいます。
「どの瞬間にモヤっとした?」と問い、言語化される前の「感覚」や「違和感」が生まれた具体的な場所や時間にピントを合わせます。
2. 個人の「暗黙知」を抽出する
相手の中には、必ず無意識の「マイルール」が存在します。
「君ならどうしたかった?」「君にとっての理想は?」と問うことで、本人が当たり前だと思って見過ごしていた熟練の知恵(暗黙知)を自覚させ、言葉へと引き上げます。
3. チームの「形式知」へと変換する
形式知とは、文章や図解など「誰でも客観的に理解でき、実行できる知識」のことです。
引き出した個人の知恵を、「〇〇さんのこだわり」で終わらせないのがマネージャーの役割です。
「それは素晴らしい仕事のコツだね」と価値を認め、例えば「資料は3日前に一度共有する」といったチーム全体の新しいルール(形式知)へと変換し、共有します。
【おわりに:ノイズを手放し、知恵を分かち合う】
誰かの「なんか嫌だ」という心のノイズは、まだ言葉になっていないだけで、チームを一段階引き上げるための貴重なデータです。
部下の不満に直面したとき、イライラしたり、無理にポジティブに振る舞ったりする必要はありません。ただ、目の前にある短い言葉の奥に隠れた「本当の願い(こだわり)」にピントを合わせるだけでいいのです。
個人の暗黙知が、形式知としてチームに共有されたとき。
ただの愚痴は、「明日の仕事を楽にするルール」へと生まれ変わります。
短い言葉で吐き出される愚痴を「暗黙知の入り口」と捉え、対話を通じて紐解いていく。この変換作業を繰り返すことこそが、属人性を排除し、変化に強い「学習するチーム」を作っていく最高のアプローチです。
さあ、まずは次に聞こえてくる「ちょっといいですか」というメンバーのノイズに、ほんの少しだけ耳を澄ませてみませんか?
これはCTAサンプルです。
内容を編集するか削除してください。
