なぜ私たちは「何もしない時間」を恐れるのか?

A:「あー、もう疲れた! 倍速で動画見て、隙間時間にSNSチェックして」

B:「ドーパミンの波に完全に飲まれてますねえ。ちょっとスマホ置いて、古代の哲学者でも呼んできましょうか。」

A:「えっ、哲学? 意識高い系はもうお腹いっぱいです……。」

B:「いやいや、逆です。究極の意識低い系かも。まずは中国の荘子(そうし)先生。この人、『無駄なこと最高!』って言うんですよ。」

A:「タイパの完全な敵じゃないですか(笑)」

B:「そうなんです。例えば、机の上から徹底的にモノをなくして、何もないツルツルの空間を『おぉ……』ってぼーっと眺めるとか。サウナでただひたすら無心に汗を流すとか。」

A:「生産性ゼロですね。」

B:「でも、その『生産性ゼロの余白』がないと、人間ポンコツになっちゃうんですよ。機械じゃないんですから。」

A:「たしかに……常に頭の中が渋滞して、ショート寸前かも。」

B:「でしょ? そこで古代ギリシャからエピクロス先生の出番です。彼の名言は『隠れて生きよ』。」

A:「え、山にこもるんですか?」

B:「現代風に言えば『承認欲求ゲームからのログアウト』ですね。誰かに『いいね!』をもらうために、過激な刺激を追い求めるのをやめるんです。」

A:「なるほど……でも、それだと何を楽しみに生きれば?」

B:「めちゃくちゃ地味〜な日常です。料理をしてみるとか、掃除してみる、洗濯してみるなど。」

A:「映えないね(笑)」

B:「でも、その『誰にもドヤ顔しない地味な時間』が、ドーパミンに頼らない最強の多幸感を生むらしいよ。」

A:「……なんか、逆にちょっと贅沢に思えてきました。」

B:「でしょ。じゃあ今すぐ、ほんの少しだけ目を閉じて、自分の『スゥー、ハァー』って呼吸の満ち引きにだけ意識を向けてみて。」

A:「(目を閉じる)……スゥー……ハァー……。」

B:「どう?ノイズ消えたでしょ?」

A:「……本当だ。これ、究極の『何もしない贅沢』ですね。」

B:「今日1日は、その『無駄な時間』をニヤニヤしながら、たっぷり味わってみて。」

解説

なぜ私たちは「何もしない時間」を恐れるのか?

息をするように動画を倍速再生し、スキマ時間があればすかさずスマホをシュバババッとスクロール。現代の私たちは、いかに効率よくタスクをさばくかという「タイパ(タイムパフォーマンス)」の強迫観念と、SNSの通知がもたらすドーパミンの波にどっぷり浸かっています。

でも、ふとした瞬間に思いませんか。「あれ、私、何と戦って急いでるんだっけ?」と。その微かな「違和感」、実はあなたの心が「ちょっと休憩させてー!」と叫んでいるサインかもしれません。

「生産性ゼロ」の時間が人間を救う

会話にも登場した古代中国の思想家・荘子(そうし)の教えに、「無用の用」というのがあります。ざっくり言うと「一見役にも立たないものにこそ、実はとんでもない価値があるんだぜ」という、なかなかロックな思想です。

現代人は何にでも「目的」や「生産性」を求めすぎですよね。でも、例えばサウナやジムで、ただただ無心に汗をダラダラ流している時間。または、机の上から徹底的にモノを排除して、空をぼーっと眺めている時間。

「それ、生産性ゼロじゃん!」とツッコミが入りそうですが、この「超絶ムダな時間」こそが、情報過多でショート寸前の脳内メモリをクリアにしてくれます。人間、機械じゃないんですから、たまにはポンコツになる余白がないとやってられません。

終わりのない「承認欲求ゲーム」からのログアウト

そしてもう一人、古代ギリシャからエントリーしたエピクロスさん。彼は「隠れて生きよ」という名言を残しています。「バズりとか名声とかどうでもよくて、心の平穏(アタラクシア)を保つのが一番ハッピーでしょ」というわけです。

現代風に言えば、「終わりのない承認欲求ゲームからの、そっとログアウト」ですね。

幸福って、キラキラしたイベントや「映える」スイーツの中にあるとは限りません。納豆やキムチ、素焼きのナッツをもしゃもしゃ噛み締めながら、「あぁ、今、私の腸内環境がすこぶる整っている…」と一人ほくそ笑む素朴な喜び。あるいは、あえてお酒を飲まないシラフの美学を貫き、どこまでもクリアな頭でスッキリ爽快な朝を迎えるルーティン。

誰にもドヤ顔できない、こんな地味な日常の中にこそ、ドーパミンに頼らない、しみじみとした多幸感が詰まっています。

「何もしない」という究極の贅沢

効率という檻からこっそり抜け出し、刺激のシャワーの蛇口をキュッとひねって止めてみる。

これは何も、わざわざ滝に打たれたり、小難しい瞑想のポーズを決めたりする必要はありません。日常のふとした瞬間に、そっと目を閉じて、自分の「スゥー、ハァー」という地味な呼吸の満ち引きにだけ意識を向けてみる。

たったそれだけで、外野のピーチクパーチクした騒音はスッと消え、あなただけの「自分らしさ」を貸し切りで味わう静寂の時間が始まります。

誰からの「いいね!」もつかない、生産性も皆無の「何もしない」という最高の贅沢。

今日1日、ほんの少しだけそんな「無駄な時間」を許して、静かに過ごしてみませんか?