琴線に触れる
音声はこちらからhttps://stand.fm/episodes/69756fcb70e8caa089f31dfb
最近、なんだかモヤモヤする。
毎日普通に過ごせているのに、胸の奥に「ぼんやりとした違和感」がある。
もしあなたがそう感じているなら、それはあなたという「魂の楽器」のチューニングがズレているからかもしれません。
私たちはよく「琴線(きんせん)に触れる」という言葉を使います。
感動して心が震えることですが、そもそも「琴線」とは何でしょうか?
私は、「琴=あなたの魂」「線=あなたの価値観」だと思っています。
この「線(価値観)」が、世間の常識や他人の評価に合わせて張り替えられてしまっていると、本当はあなたの魂が震えるはずの出来事に出会っても、良い音が鳴らない。響かなくなります。
その「違和感」は、魂からの「自分の音を出してくれ」というSOS音かもしれません。
チューニングを合わせる(=魂の声を聞く)ために一番邪魔なもの。
それは「頭で考えすぎること」です。
「これをやったらどう思われるか?」
「これに何の意味があるのか?」
そんな理屈で防御した瞬間、琴線は錆びつきます。
わからないことがあっても、それでいいんです。
岡本太郎は著書の中で、常識や理屈を破壊するエネルギーを「毒」と呼びました。
綺麗に生きようとせず、自分の中に毒を持つ。論理では説明できないけれど、なぜか強烈に惹かれるもの、ザワザワするもの。
その「わけのわからなさ」を受け入れたとき、初めて魂のチューニングが合い始めます。
本を読んだり、誰かの話を聞いたりして、ガツンと衝撃を受けた時。
多くの人は「いい話を聞いたな」「感動したな」で終わってしまいます。
でも、あえて言います。
感動して満足しているうちは、まだ何も変わっていません。
ここで大切にしたいのが、陽明学の「知行同一(ちこうどういつ)」という考え方です。
「知ること」と「行うこと」は、本来別々のものではなく一つのものです。
琴線が震えたということは、そこにエネルギーが生まれたということ。
その震えを、行動という物理的な動きに変換しなければ、そのエネルギーは熱となって消えてしまいます。
- 本を読んで震えたなら、その瞬間に生活の一部を変えてみる。
- 誰かの言葉に涙したなら、その足で会いたい人に連絡する。
琴線に触れた瞬間の「衝動」を逃さないでください。それが、魂が指し示しているコンパスの針です。
頭でわかったつもりになるのと、行動して体感として納得する「腹落ち」は、全く次元が違います。
行動してみて、失敗してもいい。違ってもいい。
動いたことで得られる「手応え」こそが、あなたの価値観(弦)をより太く、よりしなやかなものに張り替えてくれます。
そうやって行動を伴って魂を震わせ続けたとき、気づけばあなたの周りの景色は変わっているはずです。
それが、人生の「新しいステージ」です。
今、あなたの琴線は何に反応していますか?
もし何かに心が動いたなら、理屈は後回しにして、まずは一歩、動いてみてください。
その違和感の正体は、未来のあなたからの招待状です。
あなたの人生が益々豊かになりますように。
