「バランスよく」が正解とは限らない

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バランスと中庸は似て非なるもの

私たちはよく「バランスが大事」と言いますが、実は東洋哲学には「中庸(ちゅうよう)」という言葉があります。
この2つ、同じようでいて全く別物です。
今回はバランスをシーソー、中庸をダーツというイメージを使って、この違いを解明します。

バランス=「シーソー」の平均点(妥協)

まず「バランス」。これはシーソーをイメージしてください。
右が重ければ左を足す。プラスとマイナスを足してゼロにする発想です。

「昨日食べすぎたから今日はサラダ」
「仕事が忙しかったから休日は寝る」
「さっき子供に叱りすぎたから、優しくする」

これは「平均値」を取る作業です。悪くはないですが、これはあくまで機械的な調整であり、そこには「あなたの意志」や「その場の空気」はあまり関係ありません。

中庸=「ダーツ」のど真ん中(時中)

対して「中庸」。これは「ダーツ」です。
単に的の真ん中を狙うのではなく、「風向き(状況)」や「距離(相手との関係)」を読んで、その瞬間に最もふさわしい一点に矢を放つことです。

ここで、中国の古典『中庸』にある孔子の教えを紹介しましょう。
孔子はこう言っています。

「君子は時中(じちゅう)す」
(優れた人物は、いつでもその時々の状況に応じて、ピッタリと的確な行動をとる)

孔子の言う「中庸」とは、足して2で割る「真ん中」のことではありません。
「いつでも(時)、あたる(中)」と書くように、その時、その場における「ベストな一点(過不足のない最適解)」のことなのです。

時には、あえて極端に振れることが「中庸」になることもあります。
例えば、大切な人が悲しんでいる時。「バランスよく感情を抑えて」接するのは間違いですよね? その時は「100%の感情で寄り添う」ことが、その場の「時中(最適解)」なのです。

ランチで考える「バランス思考」vs「中庸思考」

お昼ご飯を例にしてみましょう。

  • バランス思考の人:
    「朝はパンだったし、昨夜は肉だったから、栄養素的に魚定食にしておこう」
    → これは「データ」と「平均」を見ています。
  • 中庸思考の人:
    「今、自分は午後からのプレゼンで気合を入れたい。そして一緒にランチする友人は午後に筋トレに行くと言っていた。なら、栄養バランスは一旦無視して、最高に美味しいステーキを一緒に食べて士気を高めよう!」
    → これは「時(タイミング)」と「文脈」を見ています。

バランス思考が「マニュアル通りの正解」を探すのに対し、中庸思考は「その瞬間の納得解」を選び取ります。

自分の価値観という「的」を持とう

現代社会は「バランスの取れた人間(平均的な人)」を求めますが、それでは変化の激しい時代に対応できません。

孔子が説いたように、状況は常に変化します。
昨日正解だった場所が、今日も正解とは限らないのです。

だからこそ、シーソーのようにゆらゆらと平均を取るのではなく、
「今、自分は何を大切にしたいか」という価値観を持って、その瞬間のど真ん中を射抜く。
そんな「時中(じちゅう)」な生き方こそが、本当にブレない自分を作るのではないでしょうか。

今、あなたにとって大切なことって何ですか?
中庸思考で、あなたの人生が光り輝くことを祈っています。