どう生きたいかを考える
最近、「どう生きていきたいか」ということについて、改めて考えることがあります。同じように悩んでいる人のヒントになれば幸いです。
大きな家やタワマンなど、世間的な物質の豊かさを手に入れたいという欲求。
そうしたものを「自分には合わない」と手放す風潮もありますが、私自身は、そういった豊かさを求めるフェーズが人生にはあってもいいのではないかと考えています。
なぜなら、何かを「欲しい」と思う欲求は、私たちが社会に対してアプローチしていくための強力なエンジンになるからです。
最初からその欲求を否定してしまうと、行動のきっかけを失い、世間に対する関心そのものが薄くなってしまう気がするのです。
まずは、世間の正解とされるものに向かって、思い切り行動してみる。
そして色々やってみた結果として、「なんだか自分には合わないな」と気づくことができれば、引き算して生活していく、それでいいのではないでしょうか。
行動しないで同じことをずっと繰り返していても、変化は起きませんし、成長もなかなかできません。
「自分に合うか合わないか」は、行動というデータ集めをしたからこそ分かることです。
新しいことを始めてみるという具体的なアクションこそが、本当の自分を知るための大きな手がかりになるのだと思います。
一方で、すでに毎日を全力で走り抜け、心が張り詰めている人もいるでしょう。
そういう人にとって一番必要な「行動」は、思い切って「休む」ことです。
休むといっても、ただ横になっていたり、ずっと寝ているという意味ではありません。
それでは体は休まっても、頭の中のモヤモヤはなかなか晴れないものです。
本当の意味で休むためには、「心を休める作業」が必要です。
たとえば、自然の中にある心地のよい神社やお寺を訪れてみる。
あるいは、海や山へ行き、ただ自然に溶け込むような時間を過ごすのも素晴らしい休養です。
日常の中で「瞑想」を取り入れるのも良いですが、少しハードルが高く感じてしまうかもしれません。
そんな時は、もっと軽くできることから始めてみる。ハードルは低くするのが行動を促すポイントになります。
例えば近くの自然の多い公園に行って、少し「耳読(耳からの学習)」や好きな音楽を聴きながらのんびりと歩いてみる。
あるいは、ポケットサイズのノートを開いて、今の感情をただ手書きで書き出してみる。
そんなふうに、自然の中で自分に「余白」を与える時間も、次の一歩を踏み出すための勇気ある行動です。
欲求を否定せずにエンジンとして使い、どんどん動いてみる。
そして心が張り詰めたら、自然の中で意識的に心を休める行動をとる。
そうやって「動く」と「休む」を繰り返していくうちに、おのずと「自分がどう生きたいか」という答えが、少しずつ見えてくるのだと思います。
どう生きたいのかに迷っている人の役に立ちますように。
