〜現実の歩き方〜

最近、動画サイトなどで「スピリチュアル」や「輪廻転生」といったテーマがとても人気を集めているのを目にします。多くの人がそうした動画に惹かれるのは、どこか心が救われたり、自分の人生に「意味」や「目的」を与えてくれるような安心感があるからなのだと思います。混乱した時代だからこそ、この傾向は強くなっていくのでしょう。

私自身はどちらかと言うと、「人は何かしらの意味を持って生まれてきたのではないか」と考えているのですが、大半の人はそれに気づかずに人生を終えていくのだろうなとも感じています。

そうしたスピリチュアルな世界観に触れて癒やされるのは素敵なことだと感じる一方で、少し突き放した言い方になってしまうかもしれませんが、あえて「生きること自体には、最初から決まった意味などない」とドライに考えてみることも重要だと思うのです。

では、意味がない(と思い込んでみる)世界で私たちが何をしているかというと、大半の時間を「悩むこと」に費やしています。人間の心は、放っておくと暇に耐えられず、勝手に不安や悩みを生み出すようにできているようです。

その悩みの根本をたどっていくと、大きく2つに行き着きます。

ひとつは「不足感」です。「今のままでは足りない」「お金を稼がなければ生きていけない」「パートナーが欲しい」といった、根源的な不安や渇望です。そして厄介なことに、この不足感があるからこそ、私たちは「職場」や「学校」という、簡単には抜け出せない閉鎖空間に身を置き続けなければなりません。

そこで待ち受けているのが、「人間関係の妄想ループ」です。

職場や学校では、威圧的な上司やどうしても合わない相手がいても、簡単に距離を置くことができません。逃げ場のない中で少しでも冷たい態度をとられると、「あの言葉の裏には何かあるんじゃないか」「自分は嫌われているんじゃないか」と、事実かどうかもわからない妄想が頭の中をぐるぐると回り始めます。このループに陥り、心をすり減らして深く落ち込んでしまう人は少なくありません。

では、この逃げ場のない現実の中で、私たちはどうやって自分を保てばいいのでしょうか。私は、2つのアプローチが大切だと考えています。

1つ目は、思い切って「誰かの役に立つこと」に意識を向けることです。

どうせ暇に耐えられず悩んでしまうのなら、「あの人にどう思われているか」で悩むのをやめ、「目の前の人のために何ができるか」で悩んでみる。ほんの少しベクトルを他者に向けるだけで、頭の中の妄想ループが止まり、結果として自分の心がすっと軽くなることがあります。

そして2つ目は、「完全に一人になる時間」を死守することです。

どれだけ誰かの役に立とうとしても、やはり人間関係のノイズに疲弊してしまうことはあります。そんな時は、静かな場所やサウナなどに身を置き、物理的に一人になる「余白」が絶対に必要です。

頭の中が妄想でいっぱいになったら、ノートを取り出して、モヤモヤする感情をすべて手書きで吐き出してしまうのもおすすめです。

とはいえ、心が疲れている時に「ノートに手書きで書き出す」というのは、少しハードルが高いかもしれません。そんな時は、AIを話し相手にして、今の感情をそのままチャットに打ち込んだり、音声入力でつぶやいて文字化してみるのも非常に効果的です。誰にも気を遣わず、自分のドロドロした感情を画面上のテキストとして眺めるだけで、不思議と妄想のループは断ち切れます。

スピリチュアルな世界がくれる安心感を心の避難所にするのは、良いことだと思います。

しかし同時に、この不完全で逃げられない現実の中で、誰かの役に立とうと手足を動かし、時々は一人になって心を取り戻すこと。そんな日々の小さな繰り返しこそが、はじめは意味のなかったこの世界に、自分だけの「人生の意味」を編み出していくのだと思います。

もし今、人間関係の妄想ループで苦しくなっている方がいたら、まずはノートかAIに想いを書き出し、明日、誰かに「ありがとう」と言われるような小さな行動を一つだけ、試してみてはいかがでしょうか。

そして、すでに「今あるもの」や「できていること」に目を向け、感謝できると良いですね。世の中が不安定になってきているからこそ、これから益々こうした姿勢が大切になってくるのではないかと思っています。