FとMのダイアローグ24
M
今回のテーマは、『余白』について対話していきます。私自身の最近のマイブームでもあり、とても楽しみにしておりました。人生にはある程度の余白が必要なのではないかと思ったり、思考にそれが無いと冷静な判断ができないのではないかと感じることもあります。何気ない対話の中に相手へ与える「間(ま)」など、この言葉から思いつく事象は様々ですが、Fさんにとって余白とはどのようなお考えがありますか。まずは自由にお話しいただきたいです。
F
余白の大切さはMさんとのお仕事で学んだこと、と思えるくらいです。体現されていますよね。私はやりたいことを詰めてしまうタイプです。少し前までは日々全力疾走して、疲れが出たら週末昼寝をして戻して、また走るという余白なんて意識していない生活でした。
あえて捻りだしてみるなら、ぼんやりしていたりうとうとまどろんでいる時間がけっこう長いです。先日ご一緒したミーティングのときも、間があったときに、実は2,3回うとうとしていました。これは気づかれていなかった自信があります。
Mさんには規則やリズムがありますよね。それが余白をもつためにまず必要なのかなと感じていますが、いかがでしょうか?
M
ミーティング中にうとうとされているというお話には、少し驚きつつも思わず頬が緩んでしまいました<笑>
私自身は、日常の規則やリズムをとても大切にしています。社会生活を送る上では「やりたいこと」と「やらなくてはならないこと」が共存していますが、後者が人生の大半を占めてしまうと、どうしても心に違和感が生まれる気がするのです。もちろん、それが自身の役割や使命だと確信できているなら素晴らしい時間ですが、だからこそ私は、そうしたタスクを一番頭が冴えている午前中に端的に終わらせるようにしています。午後はできるだけ余白の時間として確保し、あえてその中で少し自分に負荷をかけてみる。そこから生まれたアイデアをメモし、日常へ還元していく、今はそんなサイクルを回しています。
Fさんの「毎日が全力疾走」という日々も、ご自身の価値観に沿って迷いなく走れているのなら、それは素晴らしいことですよね。私はどちらかというと、思考から逆算して目標を設定していくタイプなので、もっと感覚的に物事を捉えられるようになりたいという思いから、余白を求めているのかもしれません。お忙しい日々が続いていると思いますが、最近のFさんは、意識的に時間を作って「時間の余白」を持つことはできているでしょうか。
F
やらなくてはいけないことの方が多くなると違和感が生まれることには同感です。タスクを先に終わらせておくことも意識していますが、まぁまぁです(笑)
時間の余白も、まだ試行錯誤中です。というのも、家庭も仕事もイレギュラーが頻回に起こる状況のため、週や月単位で大まかに余白時間を設定しておくくらいが調整しやすいと気づきました。
家庭の時間軸を中心に生活を組み立てているので、まだ目の前のことを一生懸命やっているのが正直な所です。やりたいことは長期視点で考え、毎年一年に一つくらいのゆっくりとしたペースで達成するようにしています。それが私の余白でもあり、今はそれでいいのかなと割り切っています。
時間の余白と関係しながら気持ちの余白も大切だと感じていますが、Mさんはそのあたりはいかがですか?
M
Fさんのように子育てと向き合われている世代のお母様方には、本当に頭が下がる思いです。日々イレギュラーな出来事に翻弄されるのは、ごく当然のことですよね。
私自身も日々様々なトラブルが起こる立場におりますので、そうした突発的な事態には「今は仕方がない」と一旦諦めて受け入れるようにしています。ただ、その分どこかで穴埋めをしたいという気持ちもあるため、うまく休みを取って自分時間を確保するようにしています。仕事は、時間さえうまく扱えれば、実は一番コントロールがしやすい領域なのかもしれません。
最近は子育てや家事をアウトソーシングする選択肢も増えていますが、私としては、子供や家族と一緒に過ごす時間は何よりも大切にして欲しいと思っています。そこは削るべきではありませんし、安易に「余白」へ変換してしまうのはもったいない時間です。何を削り、何を余白にするか。その作り方を間違えると、後から取り返しがつかなくなることもあるような気がします。
「気持ちの余白」についてですが、人間というものは、何もしないデフォルトの状態でいると、どうしても不安や不幸な方向へと意識が向きやすい生き物だと捉えています。だからこそ、あえて日常に別の刺激を入れてみたり、緑の多い場所へ足を運んで自然に触れたりと、意図的な行動が必要になります。気持ちの余白を作り出す上で、身を置く「環境」は非常に大きな影響を与えますよね。
実は最近、私の部屋にはどんどん植物が増えていっているのですが、これも無意識のうちに心の余白を求めている表れなのかもしれません。Fさんは、日々の生活の中でどのように「気持ちの余白」を作り出しているのでしょうか。
F
何を削り、何を余白にするか、深いですね。最近は個人の責任で、あらゆることの両立を理想とされる社会の風潮を感じます。働く世代に対しても、育児介護の担い手に選ばれやすく、労働も期待され、成果を出せばさらに上を目指しましょうと期待が高まります。意識的な自己点検で棚卸ししないと、余白がなくなってしまいます。
人も動植物も、命が育つためには、余白のある自然な環境が大切だと思います。
私にとっての「気持ちの余白」は、今を感じることです。今風に言えば、マインドフルネスです。呼吸や身体に意識を向けるとか、五感で味わうとかですね。窓から風を通すと気持ちがいいなとか、美味しいものを味わって食べるとか、家族や大事な人と再会する瞬間に全身で嬉しくなるとか、書くのがためらわれるほどなんでもないようなことですね。心の中に余白スペースを確保しておくことは大事だと思います。
時間感覚は個人の認知特性や年齢によってちがいがあることがわかっています。今ここの瞬間を感じるときって、時空間的な広がりや深さを感じませんか。こども時代に一日が長く感じるのは本当で、大人よりもゆったりと時間が流れているそうです。また、大人でも、感情喚起されるとスローモーションのように一瞬が長く感じられます。
とはいえ、時計時間の余白がある程度ないと、気持ちの余白がもてないことも経験済みです。日常の中でどちらの余白も大切にしたいと思いました。
M
確かに今は、社会のあらゆる場面で多様な役割を同時に求められる時代になっていますね。特に子育て世代の方にとっては、それに加えてご両親が近くにいらっしゃると頼りにされる場面も増え、気づかないうちに多くのものを背負ってしまいやすい環境にあると思います。
だからこそ、物理的にも心理的にも適切な「距離感」を保つことがとても大事になってきます。私たちは周囲の環境要因によって自分自身が形作られている側面が大きいため、時々は意識的にそこから離れ、現在の自分の役割を整理し、再構築していく力が求められているような気がします。Fさんが言う「自己点検の棚卸し」ですね。
今回のダイアローグを通して、「余白」の作り方には様々なアプローチがあることが見えてきました。
私のように、最初からスケジュールをブロックして意図的に時間的な余白を確保するやり方。そして、Fさんが教えてくださったように、深く呼吸をして五感を味わい、「今ここ」の感覚に戻ることで、心の中に時空間的な広がりとしての余白を生み出すやり方。
どちらの軸も、私たちが健やかに生きていくために欠かせないものだと感じました。今回の対話が、読んでくださる皆様にとって、日常の中に時間と気持ちの『余白』をどのように作っていくか、そのヒントや参考になれば幸いです。
ダイアローグとは、単なる情報交換を超え、参加者同士が相手の意見や考えを深く理解し、共感を深めながら、新たな視点や行動の変化を生み出す「対話」を意味します。
組織では、相手と自分との間に「相互理解」と「共通の理解」を築くためのコミュニケーション手法として用いられ、信頼関係の構築や創造性の育成、組織力の向上に繋がります。
組織をマネジメントする立場にある人にとっては欠かせないスキルです。ただ、センスで乗り切っている人が多いと感じる印象もあるので、具体的な対話で学べるように表現してあります。
