20代社員と50代管理職の会話

Sさん
「部長、来期の若手向け研修プログラムの件ですが、現状の課題を洗い出したところ、主に『現場での実践不足』と『フィードバックの遅さ』の2点に集約されました。なので、座学を半分に減らして、現場でのOJTに直結させるメンター制度を導入する『A案』が最適だと思います。コストも抑えられますし。いかがでしょうか?」

部長

「うーん、そうだね。A案の方向性は現代的でいいと思うんだが……ただ、現場の負担を考えると、少し急ぎすぎじゃないかな。以前も似たような……」

Sさん
「あ、5年前のメンター制度失敗の件ですよね? 資料読み込みました。あの時はメンター側の評価基準が曖昧だったのが原因ですよね。今回は人事評価に『育成ポイント』を組み込むよう、すでに人事部と調整の目処を立てています。これで現場のモチベーション低下は防げるはずです!」

部長

「あ、いや、評価基準もそうなんだけど……現場の職人肌の社員たちが、若手をどう受け入れるかっていう『風土』の問題があってね。彼らは……えーと……」

Sさん
「風土作りですね! でしたら、導入前にキックオフミーティングを開いて、経営陣から直接メッセージを発信してもらうのはどうでしょう? スケジュール的には来月中旬なら社長の枠が押さえられます。これで進めてしまってよろしいですか?」

部長

「……う、うん。スケジュールは分かった。ただね、物事には順序というか、感情的な納得感が必要でね。例えば、製造ラインの鈴木課長なんかは、こういうトップダウンのやり方を嫌う傾向があるから、まずは……」

Sさん
「鈴木課長がトップダウンを嫌うというデータはありますか? 確かに過去のアンケートでは保守的な意見もありましたが、今回の施策は全社的なDX推進の一環でもあります。一管理職の好悪で全体の最適化を遅らせるのは、組織としての損失ではないでしょうか? 鈴木課長には私からロジックを説明すれば、納得していただけると思います」

部長

「いや、納得するかどうかというより、彼は現場の叩き上げだから、言葉の裏にある『配慮』を見ていてね。そこを無視して正論だけで突っ込むと、後々協力が得られなくなるんだよ。だから、私が事前に一本電話を入れて……」

Sさん
「それって、いわゆる『根回し』というやつですよね? 効率化を進める中で、そうした属人的なプロセスを挟むこと自体がボトルネックだと思うんです。オープンな場で議論すべきではないですか? 効率的な仕組みを作ることが、結果的に全員の負担を減らすことになります」

部長

「……(効率だけでは割り切れない人間の感情の話をしているのだが、それを説明する言葉を探している間に、次々と新しい反論が飛んできて思考がまとまらない)……まあ、君の言うことも一理あるがね……」

Sさん
「一理ではなく、これが現在のベストプラクティスに基づいた最適解です。では、このプランで資料を確定させ、次の役員会に提出しますね! ありがとうございました!」

解説

「論破」の快感と、コミュニケーションのミスマッチの正体

今回の設定は以下のとおりです。

Sさん(20代):優秀で頭の回転が速い若手社員。ロジックとデータで相手を圧倒する傾向がある。

部長(50代):経験豊富な管理職。物事を大局的に捉えようとするが、スピード感に圧倒されがち。

今回の対話では、Sさんの言葉が会話が進むにつれて鋭くなり、自分の意思を通すために相手の言葉を遮り、ロジックで畳み込む様子が顕著になっています。彼女の言うことは一つひとつが「正論」であり、データや効率の面から見れば反論の余地がないように見えます。

近年、メディアなどの影響もあり、相手の矛盾を突き、言い負かすような「論破」のコミュニケーションが注目を集めることが増えました。利害が対立するハードな交渉など、「時と場合によっては」そうした畳み込みが必要な局面があるのも事実です。

しかし、このコミュニケーションを「社内の日常的な人間関係」に持ち込み続けると、組織の人間関係は確実に壊れていきます。なぜなら、正論で相手を黙らせることはできても、相手を「納得」させることはできないからです。

なぜ、相手の話は「長く、まとまらない」のか?

Sさんのような優秀な若手が、相手を畳み込みたくなる背景には、「相手の話が長く、結局何が言いたいのか分からない」という強いフラストレーションがあります。私もこのタイプなので、気をつけています。会話していても、この人話長いなーとか、まとまらないなーとか感じてしまうことがあります。

「みんな優秀なはずなのに、なぜ必要以上に周辺情報を説明してくるのか?」「意見を求めているのに、なぜ論点がズレるのか?」

実はこれ、相手の能力が低いのではなく、コミュニケーションの「出力形式」と「前提」のミスマッチが起きているのです。その原因は大きく2つあります。

1.「思考のプロセス」をそのまま話している
頭の回転が速い人は「結論(結果)」だけを最短で提示できますが、多くの人は「声に出しながら思考を整理している(プロセスを話している)」状態です。脳内のモヤモヤをとりあえず口に出しながら組み立てているため、どうしても話が長くなり、まとまりに欠けてしまいます。

2.日本語特有の「主語の欠落」と「ハイコンテキスト」
「誰が」「何を」という主語を省いてもなんとなく伝わってしまうのが日本語の特徴です。そのため、話している本人の頭の中では文脈が繋がっていても、聞いている側からすると「で、それは誰の課題なの?」「主語は何?」と迷子になり、致命的な噛み合わなさを生んでしまいます。

    ここで、頭の回転が速い人がもう一つ見落としがちなのが、経験豊富なベテランや管理職が持っている「暗黙知(あんもくち)」の存在です。

    暗黙知とは、長年の経験や勘、過去の痛い失敗から得た教訓、あるいは「この部署のあの人はこういう進め方を嫌がる」といった、すぐには言語化や数値化ができないノウハウや感覚のことです。

    データやロジックといった「形式知」は即座に出力できますが、暗黙知は頭の奥底にあり、言葉の形にするには時間がかかります。対話の中で部長が言葉に詰まっていたのは、決して頭の回転が鈍いからではなく、自分の中にある膨大で複雑な「暗黙知のデータベース」にアクセスし、目の前の状況と照らし合わせてなんとか言葉にしようと格闘していたからです。

    正論で畳み込んでしまうと、この組織にとって非常に価値のある「暗黙知」が、表に出る前に潰されてしまいます。

    真の賢さとは「暗黙知を引き出し、翻訳する力」

    相手の話が長く、まとまっていないと感じた時、自分のペースに引きずり込むのは実は簡単です。しかし、それでは相手の頭の中に眠っている「経験値」や「重要な懸念」を引き出すことはできません。

    本当に賢く、力のある若手が次に身につけるべきは、相手のコミュニケーションのレベルや形式に「合わせる」という素地であり、相手の言葉にならない暗黙知を引き出す技術です。

    相手が思考を整理しながら長く話している時は、遮らずに「間(ま)」を与えて最後まで泳がせる。

    主語が抜け落ちて話が噛み合わなくなってきたら、攻撃するのではなく「なるほど。つまり、今の主語は『現場の社員たち』ということで合っていますか?」と優しく整理(ファシリテート)する。

    言葉に詰まっている時は、「何か過去の経験で、引っかかる部分がありますか?」と、暗黙知へのアクセスをサポートする問いを投げる。

    相手に間を与え、相手の散らかった思考の意図を汲み取り、構造化してあげる。そうやって引き出されたベテランの「暗黙知」と、若手の持つ「形式知(ロジックやデータ)」が融合した時、組織のプロジェクトは最も確実な成功へと近づきます。

    この「相手のペースに合わせたゆとりのあるコミュニケーション」ができるようになった時、優秀な若手は、単なる「頭の切れる扱いづらい人」から、「周囲のパフォーマンスを最大化し、味方につけられる真のリーダー」へと成長していくのではないでしょうか。